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      <title>カリブ海日記</title>
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      <description>ホンジュラスってどこ？</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>胎内の子</title>
         <description>胎内の子は、ある惑星の相対的位置に反応して、自分自身の出産過程を始発する傾向にあります。


どの惑星が引き金として作用するかは、子どもの遺伝的特徴に左右されるでしょう。


それらの同じ遺伝的特徴はまた、のちの性格や職業での成功を決定する際に、役割を果たすでしょう。


しかし、この解決は、考えられたほどには、決して直裁的なものではない。


もし惑星が出産過程を始発するある種の信号を送るのであれば、明らかに、信号とその結果生じる出産との陣痛の持続期間に等しいおくれがあるでしょう。



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         <pubDate>Mon, 16 Jan 2012 12:56:06 +0900</pubDate>
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         <title>伝統的医学</title>
         <description>伝統的医学では、何が出産過程を始発しているのかまだ知られていません。


母と子の聞にはホルモンの影響の複雑な相互作用があると考えられているが、タイミング機構は未知です。


ゴークランの研究は、新しい可能性、すなわち惑星はいわば天空の助産婦のような働きをしていることを紹介した。


惑星から発するある種の信号が、子宮の中の胎児と相互作用し、ある時間になんとか出産するように刺激しているのかもしれない。


このことは、ヒポクラテスが2500年前にかいた「ときがくると、赤ちゃんは自分を封じ込めている膜を掻き破って、母の腹から出てくる」と一致する。


子どもの運命は、ある程度まで、遺伝的素因に左右されることが知られています。


おそらく、ある惑星がまさに出たときか、頂点に達したときに生まれるように、子どもを「選ばせる」のは、この素因でしょう。
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         <pubDate>Sun, 18 Dec 2011 12:55:51 +0900</pubDate>
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         <title>惑星と誕生</title>
         <description>一般に考えられているように、もし惑星が実際に誕生時に、われわれの運命に影響するのであれば、出産が自然であるか誘発して分娩させられたかは問題にならないはずです。


したがって、この仮説を検証するために、ゴークランは集団をこれら二つのカテゴリーに分けた(誘発出産には、薬物による出産とともに鉗子分娩や帝王切開による分娩も含められた)。


そして彼は、惑星効果が自然出産にのみ適用されることを見いだした。


このことは、惑星が発達に影響するよりもむしろ、出産の自然タイミングに影響し、ある型の人が別の時間ではなくむしろある時間に生まれやすくさせていることを示竣しています。


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         <pubDate>Mon, 21 Nov 2011 12:54:04 +0900</pubDate>
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         <title>世の中の為に偉業をなした人　７</title>
         <description>リチャード・トレビシック。

トレビシックは6フィート4インチ(190cm)を超える巨漢で生き生きとした若い瞳をもち、ユーモアがあって気前の良い人物だった。

とても楽天的で激しい労働にも耐える異常なほどの力をもっていた。

生涯の終りごろ、この偉大な技術者はこう書いています。

「私は愚かさと狂気の合の子で、世界が不可能だとするものに向かって挑戦してきた」。

さらに最後に、「けれども私がもっとお金に困ったとしても、私自身が貴重な1つの実験台だったという大きな名誉を誰も私から奪うことはできない。

これは私にとっては富よりもはるかに大切なものである」。
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         <pubDate>Sat, 22 Oct 2011 18:38:45 +0900</pubDate>
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         <title>世の中の為に偉業をなした人　６</title>
         <description>リチャード・トレビシック。

前回の続きです。

建造には1200個の鋳鉄の部材と80000ポンドの資金を要するものだったが、計画はついに実現されることはなかった。

簡素な宿屋で過ごした生涯最後の年、トレビシックはケント州ダートフォードでジョン・ホールという若い技術者といっしょに仕事をしていた。

彼は1833年4月22日に亡くなるその日まで機械を設計しっづけた。

彼が死んだとき、彼の職人たちは彼を貧民用の墓に埋葬するためにお金を集めなければならなかった。

この墓がどこにあるか今では誰も知らない。

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         <pubDate>Thu, 22 Sep 2011 18:38:31 +0900</pubDate>
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         <title>世の中の為に偉業をなした人　５</title>
         <description>リチャード・トレビシック。

1827年、彼がイギリスに着いたときは無一文で、しかもかれの計画には誰も興味を示さなかったので、南アメリカの鉱山の特許を得るなどはとても程遠いことでした。

彼は故郷のコーンウォールでは英雄として迎えられたが、お金にはならなかった。

その後、彼は余生をオランダの干拓等いろんな計画に関与し、1831年には選挙法改正法案の通過を記念する巨大な搭をつくる夢のような計画にも加わった。

この搭は高さが1000フィート(300m)土台の一辺が100フィート(30m)、頂上に観光客を運ぶために蒸気機関で駆動されるエレベーターを備える予定だったそうです。
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         <pubDate>Mon, 22 Aug 2011 18:38:18 +0900</pubDate>
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         <title>世の中の為に偉業をなした人　４</title>
         <description>リチャード・トレビシック。

資本を集めるために彼らはまずイギリスに帰る必要があった。

ケープ岬を回る長距離で時間のかかる旅をするかわりに、彼らは山脈や原生林を越えてカリブ海側に出ようとした。

この旅では生命を失うものもあり、トレビシックは危うく水に溺れそうになったりしたあげく、おんぼろ姿でようやく目的地に達したときは故国に帰る金を使い果たしてしまっていた。

トレビシックはどうにかこうにかカルタジェナ港までたどりつき、そこで偶然に青年ロバート・スチーブンソンに出会った・ロバートは彼に船賃と見苦しくない着物を与えた。
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         <link>http://extraviados.info/2011/07/post_41.html</link>
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         <pubDate>Fri, 22 Jul 2011 18:38:03 +0900</pubDate>
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         <title>世の中の為に偉業をなした人　３</title>
         <description>リチャード・トレビシック。

反乱者たちはスペイン人が鉱山を使うのを妨げようとしてトレビシックの機械を含めぜんぶの機械を壊した。

うろたえたトレビシックは7年間の労苦もむなしく、1824年にペルーを去った。

大胆にも彼はチリに行き・銅山を調査するかたわら沈没した軍艦を引揚げて2、500ポンドを得たが・せっかくの金も見込みのないパナマの真珠会社に投資して失ってしまった・驚くような冒険がさらに続く。

トレビシックはジェラードというスコットランド人といっしょに採鉱計画のためエクアドルに旅し、後にはシモン・ボリバールの要請でコロンビアにも行った・最後に彼らはコスタリカの鉱山を開発する計画を立て、鉄道や工場を建設して年間250、000トンの原鉱石を生産しようとした。
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         <pubDate>Wed, 15 Jun 2011 18:37:49 +0900</pubDate>
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         <title>世の中の為に偉業をなした人　２</title>
         <description>リチャード・トレビシック。

ロンドンの店頭で見たトレビシックのエンジンを20ポンドで購入したところ、これは銀山で具合よく作動した。

この成功の結果、たくさんのエンジンが銀山だけでなくペルーの造幣局にも設置されました。

1816年トレビシックがペルーに着いたとき、民衆は鐘を鳴らしたりして歓呼の声で彼を迎えた。

彼の肖像を銀むくで作ろうという話も持ちあがった。

解放者シモン・ボリバールによる南アメリカの革命が起こるまでは何もかもが順調だった。

当時リマには南アメリカにおけるスペインの軍指令部があったので、ペルーははじめは平穏だったが、1817年には反乱が起こって軍隊は打ち破られてしまった。

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         <link>http://extraviados.info/2011/05/post_39.html</link>
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         <pubDate>Thu, 12 May 2011 18:37:34 +0900</pubDate>
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         <title>世の中の為に偉業をなした人　１</title>
         <description>リチャード・トレビシック。

1810年、彼は重い病気にかかり、1811年には破産した。

コーンウォールに戻ったトレビシックは再び高い圧力と大きな膨脹を利用する鉱山の水揚げ機械の製作にかかった。

彼は自分の火管式ボイラーを改良し、これは「コルニッシュ・ボイラー」として知られるようになった。

42歳の彼は1つの冒険に乗り出しました。

このため彼はその後10年間もペルーで過ごすことになりました。

ペルーの首都リマから160マイル(260km)離れたアンデス山脈の高地には良質の銀山がいくつもあったけれども、定期的な出水に見舞われて使えなくなっていた。

1人の調査員がイギリスに送られたが、彼らが知ったのはワットの大気圧エンジンは14000フィート(約4200m)の海抜では効率が悪く、それにひどい悪路を運ぶのにはあまりにも重すぎることでした。
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         <pubDate>Thu, 07 Apr 2011 18:36:57 +0900</pubDate>
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         <title>人の上に立つということ　その１０</title>
         <description>職務上やむを得ない事情があるとはいっても、やはり部下を叱りつけたときには、お互いに気まずい思いを味わうものですよね。


叱る、叱られるというのは、基本的にネガティブな行為ですから、そのまま放っておくと信頼関係にひびが生じる恐れがあります。


上司のほうはともかく、部下のほうは多少なりとも心に傷を負っているでしょう。


友達や家族とケンカをしたときも同じですが、叱ったときは何よりもフォローが大切です。


上司のほうは、その部下に期待しているからこそ叱り方もきつくなるような面があります。


初めから期待していない相手がミスを犯しても、そんなに激しい言葉は出てこないもの。


でも、部下のほうはそんな上司の真意を感じ取っているとは限りません。</description>
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         <pubDate>Mon, 07 Mar 2011 18:16:00 +0900</pubDate>
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         <title>人の上に立つということ　その９</title>
         <description>叱られた後の「ひと言」に部下は救われるのです。


上司と部下はフラットな関係であるべきですが、それぞれ仕事上の役割を持っている以上、友達関係とは違います。


ただ仲良くベタベタしたつきあいをするのが、「フラット」なのではありません。


上下関係を意識せず、お互いの役割を尊重してつきあっていくのが、フラットな関係というものでしょう。


したがって、部下をリードしていくためには、時には相手を叱りつけることも上司の役割となります。


自分が「上」だと思って威張り散らすのは論外ですが、部下やセクション全体の将来を考えると、厳しく叱らざるを得ない場面というのは必ずあるものです。


彼自身、かつてはいわゆる「瞬間湯沸かし器」でした。


腹に据えかねることがあると、見境なく怒鳴りつけてしまう。


だから、ほかの会社の部長に向かって「アサヒのバッジをつけろ!」と雷を落としてしまうという失敗もあったわけです。
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         <pubDate>Thu, 17 Feb 2011 18:15:41 +0900</pubDate>
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         <title>人の上に立つということ　その８</title>
         <description>考えてみれば、まったく好奇心を持ち合わせていない人間が、毎日会社に通ってくるとはとても思えません。


それ以前に、就職試験を受けようという気にもならないでしょう。


いくつかの会社を受験したにせよ、星の数ほどある企業の中から、ある会社を選んだということは、そこが何らかの形で本人の好奇心を刺激したからにほかなりません。


すべての社員は、その好奇心を満たすために会社に足を運び、仕事をするのです。


無関心なように見えても、必ず何かに関心を持っている。


上司は、そこを見逃してはいけません。


部下が持っているささやかな好奇心をすくい取って、それを大きく膨らませてあげるのが、上司の役目です。


それが「自分らしさ」を発揮させてあげるということであり、部下が育つ環境を作るということなのではないでしょうか。</description>
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         <pubDate>Tue, 08 Feb 2011 18:15:29 +0900</pubDate>
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         <title>人の上に立つということ　その７</title>
         <description>前回の続きですが、中には、「キミがいま、いちばん興味を持ってるものは何だ」と訊いたときに、「そんな漠然としたことを訊かれても困ります」などと答える若者もいるでしょう。


あまり愉快な返答ではありませんが、それだけでも相手が理屈っぽい人間だということはわかります。


それが理解できただけでも、一つの収穫だと言えないこともありません。


また、好奇心の対象が一つではなく、いろいろな分野に向いているらしいということも想像がつくでしょう。


そういうことも含めて、好奇心に関する対話というのは、コミュニケーションの第一歩となるものなのです。


ともあれ重要なのは、好奇心のない人間はいないということ。


ですから、「好奇心のない人間は伸びない」ではなく、「ほんのわずかでも、好奇心さえ持っていれば誰にでも伸びる可能性がある」とポジティブに考えるべきでしょう。
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         <link>http://extraviados.info/2011/01/post_34.html</link>
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         <pubDate>Tue, 18 Jan 2011 18:15:08 +0900</pubDate>
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         <title>人の上に立つということ　その６</title>
         <description>相手の好奇心のありかを知ることは、そのまま相手を知ることでもあるわけです。


フラットな人間関係を築く上でも、そういう形で部下とコミュニケーションを図るのは有益でしょう。


誰でも、自分が好奇心を持っていることについて話すのは嬉しいものです。


それを積極的に聞いてくれる上司に、部下は親近感や信頼を寄せるのではないでしょうか。


なにも、仕事と直接関わりのある話である必要はありません。


映画が好きだと言うなら、どんな映画が面白かったか訊けばいい。


どうしてそれが面白かったのか、どんなところに感動したのか、そういうことを語り合っているうちに、相手の人間性や価値観などは自然とわかってくるものです。</description>
         <link>http://extraviados.info/2011/01/post_33.html</link>
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         <pubDate>Sat, 08 Jan 2011 18:14:39 +0900</pubDate>
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